ティン王国王城内にいるデッカ・ティンが、彼の許嫁リザベル・ティムルへの対応に頭を抱えていた頃、当のリザベルはと言うと、とある場所の豪華な「個室」に置かれたベッドに俯せで横たわって――
「ああああああああああああっ、デッカ様っ」
枕に顔を埋めながら叫んでいた。その声がデッカの耳に届くことは無かった。しかし、二人の距離は存外に近かった。
リザベル・ティムル。彼女は、「辺境の雄」の異名を持つアズル・ティムル辺境伯の娘、二人姉妹の長女である。
リザベルの生家、アズル領は王国領西南端、モリッコロの際、隣国との国境沿いに位置していた。デッカがいる王都までの距離は、他の領土と比べるべくもなく遠い。最長だ。
リザベルが「王都に行きましょう」と思い立ったとしても、軽々に行き来できる距離ではない。早馬を走らせて十日、天候によっては二週間ほど掛かった。彼我の生家は余りに遠い。
しかし、今やそれも過去の話。リザベルがその気になれば、デッカにかかわる情報は、「その日の内」に彼女の耳に入れることができた。 何故ならば、リザベルは今、王都に住んでいるからだ。今春、リザベルは王領の教育機関、「王立オーティン大学」に入学した。そこに通う為、彼女は「大学女子学生寮」に住んだ。
女子寮は、嘗ての辺境伯屋敷と比肩するほど大きかった。ティンティンの色に因んで、赤褐色のレンガと、モリッコロに群生する「リョウタロ」という赤みを帯びた杉を使った、赤いハーフティンバー式の巨建造物だ。
尤も、学生が占有できる場所は、建物内の一室に過ぎない。「その点」に関しては、辺境伯令嬢と言えども例外ではなかった。
今のリザベルは「オーティン大学一年生」であった。大学に入る年齢となると、地球に於いては「十八歳以上」と言うのが一般的だろう。
しかし、惑星マサクーンに於いては「満十六歳から」というのが一般的だった。リザベル・ティムルは未だ十五歳。同い年のデッカも、実はまだ十五歳だった。
十五歳。「子ども」と言っていい年齢だ。しかし、二人とも、他人から「年齢通り」に見られた試しは殆ど無かった。
二人は、やんごとない立場にいる人間だ。その為、人前では「傲慢」に思えるほど堂々と振舞う必要が有った。その為、二人とも二十代くらいに見られがちだった。それでも、二人は未だ十五歳。落ち着き払っているように見えても、脳内に住む「やんちゃな餓鬼大将」に手古摺ることも、結構有った。
そもそも、リザベルにとって「オーティン大学入学」と言う大事は、一日千秋の想いで待った悲願だった。それが叶ったのだから、「脳内餓鬼大将」が騒がないはずもない。躍りたくもなった。歌いたくもなった。何より、今直ぐにでもデッカに会いに行きたかった。毎日、毎時間、毎分、毎秒会いたかった。
しかし、しかし、だがしかし、リザベルは耐えた。我慢した。
リザベルには「辺境伯令嬢」と言う立場があった。それに加えて、彼女には「史上最大のティンティン」というティン族最強の優位性あった。軽々に脳内餓鬼大将に従うほど、彼女の心は弱くなかった。
リザベルがオーティン大学に入って以降、自分からデッカの許に行くことを控えていた。その「我慢」を継続する胆力が、彼女には有った。
しかし、耐えれば耐えるほど、「デッカに会いたい」という想いは増すばかり。それに耐え切れなくなったとき、リザベルは女子寮の私室のベッドの上で叫んだ。「あああああああああああっ、デッカ様、あああああああああああっ、デッカ様っ」
本年度のオーティン大学入学式以降、リザベルの個室から「怪しい絶叫」が上がるようになった。他の者が「それ」を聞いたなら、直ぐ様女子寮近くに駐屯している衛兵を呼びに行くだろう。
尤も、例え衛兵が駆け付けたとしても、彼らには何もできない。「声の主」を知った瞬間、踵を返して走り去るのが関の山だ。
しかしながら、ここで奇跡が起こっていた。これまで女子寮で「職務放棄」をした衛兵はいなかった。「怪しい絶叫」を聞いた者も、殆どいなかった。
その事実は、リザベルにとっても、周囲の者にとっても、とても有り難い「奇跡」と言える。しかし、それには相応の理由が有った。リザベルが使用している個室は一人部屋。しかも、女子寮最奥に位置していた。その上、最高の「防音機能」を備えていた。「これらの点」に関しては、全くの特別扱いと言える。
このような厚遇を得た理由は、大きく二点有った。リザベルが「デッカの許嫁」であること。彼女が「史上最大のティンティン」を持っているということ。
実のところ、「二人の子ども」に関心を持つ者は、ティン族の中では存外に多い。その中に、オーティン大学の学長がいた。デッカの父、現国王ムケイ・ティンもいた。
「二人の子どもは、きっと凄いデカいティン(或いはティンティン)が生えるに違いない」
二人の周囲にいる人々は、全力で二人の仲を支援していた。彼らがリザベルに施した「特別扱い」という厚意が、目的から外れた功を奏していた。それが、「奇跡」を起こした主因だった。
しかしながら、リザベルも厚遇に甘んじてはいなかった。自ら努力していた。
リザベルは、デッカの名前を叫ぶ際、ベッドに俯せで横たわって、枕に顔を埋めていた。これで、絶対声が外に漏れませんわ。
リザベル本人は自信満々だった。実際、これまで人に咎められたことは無かった。だからと言って、
「会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい、お会いしたいですわっ!!」
叫び続けていれば、何れ誰かの耳に入る。その「何れ」という機会が、たった今訪れた。
「リザベル様」
「!?」リザベルの耳に、女性のものと思しき高音の声が飛び込んできた。その瞬間、リザベルは息を飲んだ。それと同時に声を上げるのを止めた。
静まり返ったリザベルの個室に、リザベルとは別の女性の声が響き渡った。
「少々宜しいでしょうか?」
涼やかな美声だった。声量は抑えられていたが、一字一句ハッキリ聞き取ることができた。その発信源も直ぐ様特定できた。
部屋の外に誰かいますわ。
リザベルは警戒して返事をしなかった。すると、再びドア向こうから声が上がった。
「お伝えしたいことが有ります。お時間を頂いても宜しいかしら?」
耳に優しい、清水の如く染みわたる美声だった。しかし、口調の方は冷淡で、聞く者に「機械仕掛け」というような無機質な印象を覚えさせた。
聞いているだけで、怒られているような気がしますわ。
このとき、リザベルの脳内には「居留守」という回避手段が閃いていた。「今」ならば、未だ通用する可能性は高かった。
しかし、誇り高い辺境伯令嬢は、来客に対する無礼を良しとはしなかった。「少々お待ちくださいませ」
リザベルは「謎の来訪者」に向かって声を掛けた。それと同時に、超速でベッドから起き上がった。
先ずは、身嗜みを整えないと、ですわ。
リザベルは室内の隅に置いた「姿見」に移動して、そこに掛けられたカバーを外した。
すると、等身大の鑑の中に「絶世の美少女」が現れた。長い髪、光る姿。正しく令嬢の中の令嬢。彼女を見た者は、見惚れながら感嘆の溜息を吐いただろう。
しかし、実際は違う。リザベルと出会った者は、彼女の顔や体を見ない。その殆どが、リザベルの蟀谷から生えた「ティンティン」を見た。凝視した。リザベルのティンティンは、とてもデカかった。それこそ「女性の腕が生えているのか」と錯覚するほどに。
ティンの大きさに拘るティン族ならば、リザベルのティンティンに視線と心を奪われる。そこに是非など有ろうはずがない。
しかし、リザベルを見ることはできても、彼女を正面から見詰め返せる者は存外に少なかった。 リザベルが相手の視線に気付いて、そちらを見た瞬間、殆どの者が目を逸らした。 何故なのか? その理由はリザベルの「目」に有った。リザベルの目、瞳自体は「星」や「宝石」に例えられるほどと美しい。しかし、彼女に視線を向けられた者にとって、その輝きは「刃物の照り返し」だった。
リザベルはとんでもなく「目付き」が悪かった。とんでもなく鋭かった。「鋭利な刃物」そのものだった。
実際、リザベルに睨まれると、殆どの者は「顔が切り刻まれている」と錯覚した。その感覚に耐えられる胆力を持つ者は、ティン族、いや、マサクーンの中では希少だった。
リザベルの視線は化け物じみている。しかし、このような事態に至った原因、理由は、人間らしい感情、「恋心」だった。
意中の人(デッカ)のことを考えたり、意識したりする度、リザベルの顔はだらしなく緩み、輪郭を無くすほど蕩けた。それは、とても幸せなことではあった。 しかし、そこは辺境伯令嬢。その立場上、他者に「だらしない顔」を見せる訳にはいかなかった。根性、で、ございますわっ。
リザベルは必死に自分を律した。緩む顔を引き締めようと、歯を食い縛ったり、虚空を睨み付けたり、様々な努力を重ねた。
結果、リザベルは「人を切り裂くほどの鋭い目付き」を習得した。リザベル本人は元より、彼女の周りにいる者にとっても「不幸」以外の何ものでもなかった。
殆どの者が、リザベルと目を合わせられなくなった。その事実が、周囲の者を彼女から遠ざけた。
リザベルは、どこに行っても孤立した。しかし、孤独ではなかった。
リザベルには両親がいた。妹がいた。そして、彼女の視線を浴びても物怖じしない「例外」がいた。それも、同年代に「二人」いた。例外の一人は、言わずもがなのデッカ・ティン。
もう一人は――実は、部屋の外にいる「機械仕掛けの声の持ち主」だった。いけません、「あのお方」を待たせる訳にはいきませんわ。
リザベルは超速で部屋着からオーティン大学生の制服に着替えた。続け様に髪を超速で梳かし、超速で身嗜みを整えた。それが八十点くらいの出来栄えまで仕上がったところで、部屋の出入り口まで跳躍した。
見事に着地。十点満点(ですわ)。リザベルは、心中で密かにガッツ石松ポーズを決めた。その上で、「お待たせしました」
丁寧な所作でドアを開けた。
すると、リザベルの目の前にオーティン大学の制服に身を包んだ女性が現れた。こちらも絶世の美少女だった。リザベルと相対しても、全く遜色が無いほどに。
尤も、ティンの大きさはリザベルに遠く及ばない。それでも「大人の手」と形容できるほどの大きさが有った。ティン王国に於いて「人間の手ほどデカいティン」を持つ者は、王族、或いは上級貴族以外にいなかった。
史上最大のティンティンを持つ美少女と、上級貴族並みのティンティンを持つ美少女。滅多にお目に掛れるシチュエーションではなかった。初見の者は、二人のティンティンに感動して、咽び泣いていたかもしれない。
しかし、法悦に浸れる時間は、ほんの一瞬だ。直ぐに目を逸らす羽目になる。 何故ならば、リザベルのみならず、彼女の前に立つ上級貴族令嬢もまた、尋常ならざる雰囲気をまとっていたからだ。「ごきげんよう、リザベル様」
「ごきげんよう、『アリアナ』様」リザベルの来客の名は、「アリアナ・ティルト」という。そのティンティンが示す通り、ティン王国南方領の領主、「シムズ・ティルト侯爵」の長女(弟と妹が一人ずつ)だった。
容姿、出自、そして、ティンティン。どれをとっても一流、周りから一目置かれる存在だった。
しかしながら、アリアナの特異性(優位性)は「与えられたもの」ばかりではなかった。アリアナは賢く、努力家だった。本年度の「オーティン大学年度代表学生」に選ばれていた。その優秀さ故、周囲の者から「大学創立以来の才女」と評価されている。
優秀。そして、性格も「くそ」が付くほど大真面目。
アリアナが入学して早々、大学側から女子寮内に於ける「新入生区画の区画長」に任命された。それを、アリアナは二つ返事で了承した。
アリアナは「誰もが憧れる優等生」だった。リザベルもまた、彼女に憧憬の念を覚えていた。しかし、覚えた感情は「それ」だけではなかった。
リザベルはアリアナにデッカと家族以外に抱かない(『抱けない』と言うべきか)感情、「親近感」を覚えていた。
リザベルにとって、アリアナは同じ年に入学した同級生。しかも、それぞれ上級貴族の令嬢にして長女。互いに「似た境遇」なのだ。
尤も、現在の身分ではアリアナの方が「格上」だった。その為、リザベルはアリアナに礼を尽くしている。アリアナの方も、リザベルには「様」と敬称付きで呼ぶくらいには気を遣っていた。 尤も、アリアナの場合、「相手によって態度を変える」ということは殆ど無かった。今も――「…………」
アリアナは、能面のような無表情のまま、無関心と思える感情の無い視線でリザベルを見ていた。
アリアナを知る者は、彼女のことを「人形」と評価する。その顔に感情が現れたことは、殆ど無かった。
しかも、面の皮が分厚い。「鉄面皮」ならぬ、「鋼面皮」だった。リザベルの鋭利な視線を浴びても、「…………」
アリアナは全く動じていなかった。それどころか、能面のような無表情を一切崩さず、真正面から見詰め返していた。
アリアナの反応は、リザベルにとっては意外、新鮮なものだった。流石はアリアナ様。私(わたくし)を見詰め返せるなんて。
リザベルは心中で秘かにアリアナを称賛していた。その鋭利な視線に敬愛の念も込めていた。
しかし、当のアリアナはリザベルの想いには全く無関心だった。取り付く島も、にべも、何も無かった。「早速ですが、用件をお伝えします」
アリアナは事務的に、淡々と、無感情な口調で、リザベルに「核兵器級の爆弾」を投下した。
「『デッカ殿下からの言伝』です」
「!!!」デッカの言伝。リザベルとしては無視できない。全身全霊で聞き届けなければならない。もし、「用が有る」と言われたならば、全身全霊で実行しなければならない。その覚悟を、リザベルは一瞬で決めた。それを成し遂げる為、両手をアリアナの細い両肩に伸ばし掛けた。しかし、踏み止まった。
許嫁なればこそ、人前で無様は晒せません。
リザベルは直ぐ様両手を下ろして、それを後ろに回した。その上で、「全く興味有りませんことよ」と言わんばかりの渾身の平静を装った。
「あら、殿下から?」
「はい」 「まあ、珍しい」 「そうですね」この場にデッカがいたならば、二人の「素っ気なさ」に中てられて涙目になっていただろう。そんな空虚で機械的な言葉の応酬は、それほど長くは続かなかった。
「それで、言伝の内容ですが」
「!」アリアナは「余計な話は無用」とばかりに本題を切り出した。その言葉を聞いて、リザベルは直ぐ様口を噤んだ。
一瞬の間。その直後、朱に染まった学生寮の廊下に、冷水の如き美声が響き渡った。「『話が有る。今日、午後一時、大学のカフェテラスに来て欲しい』とのことです」
「!」デッカ様のお話。許嫁として、絶対に聞かねばなりません。ですが――
因みに「大学のカフェテラス」とは、大学構内の食堂、所謂「学食」に設けられた野外の食事スペースだ。王族が利用することは滅多に無い。しかし、リザベルの関心は「そこ」には向いていなかった。
「急な話――ですわね?」
「そうですね」敢えて「本日中」と指定した意味を考えると、「急を要する用件」と想像が付いた。
一体、どんなお話なのでしょう? とても、とても気になりますわ。
リザベルとしては「具体的な内容」が知りたかった。知りたくて堪らなかった。その衝動に駆られて、アリアナに縋るような視線を向けた。すると、
「何か?」
アリアナから冷たい言葉と、それ以上に冷たい視線が返ってきた。それらを浴びた途端、リザベルの顔が凍り付いた。
絶対零度。普通の人間ならば、そのまま固まり続けていた。しかし、リザベルの耐久力は常人の領域を超えていた。「いえ、分かりました。お伝え頂き感謝いたしますわ」
リザベルは丁寧な所作で頭を下げた。それに対してアリアナは無表情のまま、
「それでは」
踵を返してサッサと歩き去ってしまった。
実に素っ気ない。しかし、アリアナを知る者は、「彼女はそういう女性」と理解していた。 尤も、アリアナの性格を知らずとも、彼女の態度を気にする精神的余裕は、「今」のリザベルには全く無かった。デッカ様、ああ、デッカ様。私に何のお話が有るのでしょう?
リザベルの頭、心、ありとあらゆる箇所が「デッカのお話」で一杯になっていた。
三話にして漸く現れたメインヒロイン。恋する乙女、リザベルに如何なる運命が待っているのか? デッカの話とは何か? その衝撃的な内容が、リザベルの心を打ちのめす。
次回、「第四話 俺のティンを握ってくれ」
オーティン大学学生食堂に、「愛」という名の嵐が来たり。※拙作をお読み下さり感謝いたします。
宜しければ評価、感想などを頂けますと、涙が出るほど嬉しいです。 今後とも宜しくお願い致します。アゲパン大陸北方、天壁ピタラ山脈の麓に在る白い城塞都市「王都オーティン」。 ティン王国最古の都市であるが故、オーティンには様々な名所旧跡が存在している。 その内の一つ、都市の中心(王城)から、ちょっと南寄りに「中央広場」と呼ばれる開けた場所が有った。 ピタラ石を敷き詰めた、直径三百メートルの大真円。そこは今、額に角を生やした人間(ティン族)」で溢れ返っていた。それこそ「王都中のティン族が集まっているのでは」と錯覚するほど。 何故なのか? その謎を解く鍵は、人海の中心に設けられた「木(ゲッパク)製の建造物」に有った。 それは、急造した「野外舞台」であった。 舞台の上で、人間(真人間族)が大声を張り上げながら動き回っている。 人間達は皆、「羽織袴」という異国の衣装をまとっていた。頭に髷を結って、腰に打刀を差している。 その格好は、東方の島国「ジポング」に住む「お武家様」のものだ。 お武家様が、鬼(ティン族)の集団に囲まれている。その様子を地球人が見たならば、「お労しや」と手を合わせてしまうだろう。 実際、お武家様方も生きた心地がしていなかった。しかし、彼らは逃げなかった。舞台の上から降りなかった。 そもそも、お武家様達には「鬼(ティン族)を楽しませる」という使命を持っていた。それを果たす為、この国(ティン王国)にやってきたのだ。 お武家様達は、全員「役者」だった。それも、ジポングで最も有名な演劇集団、その名も「ジポング歌劇団」の団員だ。 今日の演目は「甘えん坊将軍」という痛快娯楽現代劇。 物語の内容を簡潔に表現すると、「ジポングの最頂点に君臨する将軍が、あの手この手で色んな人に甘えまくる」といったところ。人気シリーズであるが故に、和数も多く、お約束の展開も多々有った。 しかしながら、今日の話は少々「特殊」な内容になっていた。 舞台の上では、複数のお武家様達が円を描くように並んでいた。彼らは全員内側を向いていた。その円心には一人のお武家様(壮年)の姿が有った。 そのお武家様こそ、物語の主人公「徳俵新之助《トクダワラ・シンノスケ》」。その正体は当代将軍「徳下値吉好《トクシタネ・ヨシヨシ》」である。 当然ながら架空の人物である。 今、新之助(吉好)は単身で敵地(悪代官宅)に乗り込んでいた。そこには悪代官と、その手
惑星マサクーン最大の陸地、アゲパン大陸。その「臍」というべき中央部に在る国、オニクランド共和国。その領土の中心に聳える山脈、オツパイン樅帯。その頂上部に群生するオツパイン樅の木の下で、白い革コートを羽織った貴公子と淑女の姿が有った。 貴公子の名はデッカ・ティン。淑女の名はリザベル・ティムル。 リザベルは、大きな樅木に背中を預けるように立っている。デッカは、リザベルの真正面に立っている。 うら若い男女が大きな樅木の下で向かい合っている。その現場に出くわしたなら、脳内に「仲良く遊びましょ」と、楽しげな幻聴が響き渡ったとしても致し方無し、宜なるかな。 しかし、その幻聴は一瞬で雲散霧消する。現況が醸し出す空気は「ラブラブ」ではなく、どちらかといえば「修羅場」に近い。 二人の間に剣呑な緊張感が漂っていた。しかしながら、それを醸し出しているのはリザベルだけ。デッカの方はと言うと、「訳が分からない」と言わんばかりの困惑顔で首を傾げている。 デッカの視線の先には、彼の右手が有った。それは、リザベルの左手に握られていた。その行為に関しては、デッカ側には何の疑念も無かった。問題は、「その奥に控えた物体」に有った。 二人の手は「リザベルの胸」の辺りに掲げられていた。その行為は、リザベルの方から仕掛けたものだった。デッカには意味が分からなかった。 デッカの頭上に「?」が浮かんだ。そのタイミングで、リザベルが謎の呪文を唱えた。「どうぞ、『お揉み』下さいませ」 「え?」 デッカの首が一層傾いだ。頭上の「?」の数も増えた。しかし、混乱しているのは彼だけではなかった。 この場には、デッカ達の他に、樅の影から二人を見守る護衛者、護衛隊、オニクランド共和国大統領夫婦がいた。彼らの首も一斉に傾いでいた。その困惑の空気は「元凶」にも届いていた。「あ、私としたことが」 マスクに隠れたリザベルの目に、正気の色が戻った。彼女は冷静になった。その上で、現況に対する「彼女なりの最適解」を告げた。「繋いでいては、お揉みできませんわ」 リザベルは、直ぐ様デッカと繋いでいた手を解いた。その行為によって、デッカの右手は解放された。その事実を直感した瞬間、リザベルは頬赤らめながら胸部を突き出した。「どうぞ」 「えっと?」 一体、何が「どう
デッカとリザベルは、現在「国賓」として、オニクランド共和国の特産品「オツパイン」の群生地を視察していた。 二人にとっては異国の地。二人の身を守る手段は、ティン王国内とは比較にならないほど少ない。 だからこそ、「護衛役」は頑張らなければならなかった。 デッカ専属護衛役、ブラリオ・ツィンコは、その全身に緊張感御漲らせながら、デッカの一挙手一投足に意識を集中していた。その視界には、デッカの隣にいる「イケメン豚面大男」の姿も入っていた。 イケメン豚面大男、オニクランド共和国大統領サイゼル・ポーク。 サイゼルは「デッカ達の案内役」として、オニクランドに付いて、あれやこれやと説明している。 今も、デッカの求めに応じるまま、オニクランドの独産品「オツパイン」に関する情報を提供し続けていた。その会話の内容は、ブラリオの聴覚にシッカリ捉えられている。「オツパインは、私も大好物でして。冬の間は食後のデザートの定番にしているのです」 「そんなに美味しいのですか?」 「はい。それだけでなく、見た目も素晴らしいのです」 「見た目――ですか?」 ブラリオの視界の中で、白い防寒服の貴公子(デッカ)がオツパイン樅を見上げた。その様子は、デッカの隣にいるサイゼルの視界にも映っていた。「樅木の下からでは分かり難いでしょう。宜しければ――」 サイゼルは、牙が突き出た口に微笑みを浮かべた。その僅かに吊り上がった口の端から、表情に見合った優しげな声が漏れ出た。「オツパインもご覧になりますか?」 「はい。オツパインも見たいです」 サイゼルの提案に、デッカは即応で食い付いた。 ここまでの会話に対して、ブラリオは全く違和感を覚えなかった。 ところが、デッカが「オツパインも見たいです」といった直後、異変が起こった。その様子は、リザベル専属護衛役、シア・ナイスの視界にも映っていた。 シア・ナイスは、極度の緊張状態にあった。心の中では戦闘態勢に入っていた。 そもそも、辺境伯量の騎士(騎士団副団長)である彼女にとって、外国とは即ち「敵国」なのだ。脳内で「相手は同盟国」と分かっていても、心は容易に受け入れ難い。 いっそ、斬り捨ててしまおうかしら? シアの心中では、戦闘狂の悪魔が「斬っちゃえ。斬っちゃえば楽になれるよ」と、散々シアをけしかけていた。 そんな折、シア
アゲパン大陸の中央部に「オニクランド共和国」という国が在る。 君主制の国が多い惑星マサクーンに於いて、「珍しい」といえる国民主権の国だ。地球の歴史を鑑みれば「将来有望」と言える。その主要民族は、やはり普通の人類種――ではなく、「オニク族」という亜人種だ。 オニク族。その外観は豚面で大柄、太っちょだ。地球で言うところの「オーク」に近いだろう。その戦闘能力も、オークに勝るとも劣らない。 実際、オニクランドの軍隊は他国が一目置くほど精強だ。新しい戦法を練ったり、武器を開発したりしている。いつでも、どことでも戦争をする準備は整っていた。 しかし、実際にオニクランドから喧嘩を吹っ掛けたことは、建国以来一度も無かった。彼の国には、それを躊躇う「地政学的理由」が有った。 オニクランドは「大陸中央」に位置している。「全方位他国に囲まれている」のだ。 何れかの国と揉めれば、それ以外の国が「これ幸い」と攻め入ってくることは、予想に易いだろう。 戦争する訳にはいかなかい。他国に戦争の口実を与える訳にはいかない。 オニクランドでは「富国強兵」と「他国との友好」は絶対的な国是なのだ。文字通り「国の支柱」だ。どちらかが折れれば国はアッサリ傾く。だからこそ、国民に選ばれし為政者達は、何を措いても「支柱の維持」に腐心する。その為に有効な手段が有れば、迷わず飛び付く。「何か凄い強化してくれるカップルがいるぞ」と聞けば、試してみたくもなる。「では、呼びますか?」 「「「「「そうですね」」」」」 オニクランドの評議会で「デッカとリザベルを国賓として招待する」という議案が賛成多数で可決された。 かくして、デッカ達は二名のお供を従えて国境を渡ることとなった。勿論、それを実現する為のオニクランド側の努力も抜かりなし。 ティン王国との軍事同盟の締結。 デッカ達が外遊中、オニクランド大統領(国家元首)の子ども達(兄妹)が(人質として)ティン王国首都オーティンに滞在する。 今回の件に対する賂、無表情で有名なアリアナ・ティルト侯爵令嬢がにんまり微笑むほどの大量の「黄金色の菓子」——等々。 ティン王国の為政者達が揃って「うむむ」と唸り声をあげるほどの旨味が、湯水のように提供された。それ等を目の当たりにして、ティン王国側でも「オニクランドと仲良くしよう」とか、「
ブラリオ・ツィンコがオッタマン・ゲイツに決闘を申し込まれてから一週間が経った。 ティン王国時間、午前九時。 王城の敷地内に設けられた石製の巨大円舞台、「ティン王国御前試合場」の上に、二つの人影が有った。 ブラリオとオッタマン。 どちらも王国騎士の鎧に身を包んでいた。それぞれティン弧剣」を背負っていた。 二人は今日、決闘する。その理由が、オッタマンの口から飛び出した。「勝った方が殿下の護衛だ」 ブラリオは、返事代わりに静かに頷いた。 どこまでも青い空の下、色の無い風が「ビュウ」と音を立てて二人の体を薙いだ。その瞬間、どちらともなく右手を掲げてティン弧剣の柄を握った。「ブラリオ。貴様がデッカ殿下の専属護衛に相応しいか否か――この俺が見極めてやる」 「宜しくお願いします、ゲイツ先輩」 二人は同時にティン弧剣を抜いた。その直後、オッタマンが飛んだ。 ゲイツ流の極意、超身体能力強化。 オッタマンは、人の領域を超える速度で円舞台を駆けた。その際、ブラリオも前に出ていた。 ブラリオは、オッタマンよりも身長が高く、腕も長い。その分だけ剣の間合いが広かった。必然的に先手が取れた。 オッタマンが間合いに入った瞬間、ブラリオのティン弧剣が宙を薙いだ。 真上から、真下へ。その長い身体を存分に活かした豪快な縦一文字切り。ティン力も加わっている為、常人では受けとめ切れない。 しかし、オッタマンは常人ではなかった。 オッタマンは、両手握ったティン弧剣を「左腕に添える」ように構えていた。それを左腕と同時に押し出した。 二振りの孤剣が重なった。その刹那、鈍い金属音が鳴った。その直後、ブラリオの孤剣の軌道が変わった。いや、「変えられた」と言うべきか。 ブラリオの孤剣は、オッタマンの孤剣の刃に沿うように「斜め下」へと流れていった。その現象が起こった瞬間、ブラリオの背筋が凍り付いた。 拙いっ!? 現況は「オッタマンの間合い」だった。 オッタマンの孤剣が、ブラリオの腹に迫った。ブラリオは、即座に浮遊剣で防御した。しかし、アッサリ弾かれてしまった。「くっ!」 ブラリオは、即座に後ろに飛んで間合いを開けた。その際、追撃は無かった。 オッタマンは、その場に立ち尽くしていた。無言でブラリオを見詰めていた。彼が追撃していたならば、その時点で勝負は付
決闘。額面通りに受け取れば「命を懸けた殺し合い」になる。しかし、ティン王国では飽くまで揉め事の決着方法の一つ。運悪く落命する場合も否定できないが、そうならない工夫が施されていた。 ティン弧剣士の場合、双方「刃の潰れたもの」を使用する。地球(日本)の時代劇でいうところの「峰打ちセーフ」である。 尤も、命は賭けずとも「名誉」は掛かっている。敗者には、それなりの代償が有った。「勝者の言うことを『何でも』一つ聞く」 何でも。仮に命を要求されたならば、それを差し出さねばならない。拒否したならば、名誉が大きく損なわれる。その事実に対して「命を奪われた方がマシ」と断言する者は、貴族達の中には存外に多い。 ブラリオ・ツィンコは貴族だった。しかも、近衛騎士で、流派の直系だ。その出自の宿業からは、生涯逃れることはできないだろう。 絶対に拒否はできない。その事実は、オッタマン・ゲイツも熟知している。その上で、彼は非情な条件を告げた。「俺が勝ったら、『デッカ殿下の護衛の役目』を代わって貰うぞ」 デッカの護衛。ブラリオにとって、デッカは「竹馬の友」といえる存在だ。その役目を仰せつかった際、「身命を賭して完遂する」と誓約した。ブラリオの脳内には、「他の者に譲る」という選択肢など微塵も無かった。 絶対に、譲れない。だけど、決闘を回避することはできない。「承知」 ブラリオは、オッタマンの条件を受け入れる他無かった。彼には「オッタマンと戦って勝つ」以外の選択肢は無かった。 その日から、ブラリオは有休をとって「森」に籠った。 王都後背に広がる針葉樹林帯、通称「モリッコロの森」。群生する白と赤い樹木の間を、痩身の人影が駆け回っている。それも、早朝から夕方まで、休むこと無く延々。 ブラリオは、ご飯を食う暇を惜しんで修行を続けていた。しかし、その甲斐は残念ながら無い。彼には「勝ち筋」が見えていなかった。 闇雲に動いても、無駄に疲れるだけだな。 修行開始から三日目。ブラリオは、現況に対する「徒労」の可能性を覚え始めていた。だからと言って、軽々に休めなかった。 ブラリオが動きを止めた瞬間、彼の脳内に「オッタマンの戦う姿」が閃いた。すると、ブラリオの心臓が「肋骨を折る」と錯覚するほど跳ね回った。 ゲイツ先輩の「ゲイツ流」――恐るべし。 ゲイツ流。オッタマンの曾祖父、「